それは遥か彼方の遠い記憶。 「星を見に行こう! 今日は流星群が見られるんだ!」  瞳を輝かせならが、あまりにも無邪気に語るアゼムに、私はつい了承を意味する頷きを返してしまった。こちらの都合もお構いなしに召喚され、日暮れまでアゼムの仕事を手伝ってやっていたというのに。だが嬉しそうに心躍らせるアゼムを前にしては、厭だと断ることはできなかった。  その日は月のない夜だった。星々が瞬く暗闇の中を、小さな灯りを手に歩く。集落から少し離れた場所、小高い丘の上に並んで腰かけると、夜空を見上げた。星見には絶好の日和だ。星々は美しいが、しかしアゼムの言ったような流星群は見当たらない。まだ時間が早すぎたのか、暇を持て余したアゼムは星にまつわる話を始めた。  やがてその話題も尽きかけ言葉数が減り始めたころ、アゼムが「あっ」と声を上げ私の肩を掴んで夜空を指さした。その先に、一筋の光が走る。真っすぐに走る光は、ひと時の眩き輝きを放つと、深い闇へと去って行く。やがて、その光の筋は、ひとつ、ふたつと徐々に数を増やし、やがて光の雨となって降り注いだ。  美しい。ただただ、圧倒的な美しさを前に、私は言葉を失った。その美しさを、壮大さを、表現することさえままならないほどの光景だった。  アゼムは上体を倒し、草原の中へ倒れ込む。私もローブを引っ張られ、されるがままに地に倒れると、同じように空を見上げて手を伸ばした。  その行動に意味はない。そんなことをしても、星になど手は届かない。それでも私は、手を伸ばさずにはいられなかった。    美しい時間は永遠には続かない。星が飛び去り、闇が少しずつ淡い色を帯び始めたころ、私たちは立ち上がって帰路についた。アゼムに付き合って、すっかり徹夜をしてしまった。アーモロートへ戻ったら、少し仮眠でもとろう。欠伸を噛みしめながら丘を降るが、アゼムはまだぼうっと空を眺めていた。  ぼそぼそとしたアゼムの声が聞こえる。しかし、ここからでは何を言っているかまでは聞き取れない。いったいなにをしている、と声をかけようと口を開いたところで、アゼムが振り向いた。 「ごめん! いま行くよ」 「何をしていたんだ。独りでぶつぶつと……」 「おまじないだよ」 「まじない? なんだ、呪いでも使う気か?」  隣を歩みながら冗談交じりに尋ねると、アゼムは小さく笑った。 「”おかえり”を言ってくれる人の元へ、必ず”ただいま”を届けるためのおまじないだよ」  どういうことだ、と首を傾げる私にアゼムはただ笑みを浮かべていた。 「きみがいつも言ってくれるじゃないか」  そう言って走り出すと、少し先を降ったところで振り向いて両手を広げてみせた。 「行ってらっしゃい! てさ」

2022/7/24

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