ワタシにはとても大切な親友がいる。ひとりはワタシと同じ眼を持つ生真面目な少年で、もうひとりは器用だが天真爛漫すぎる少年だ。  ワタシたちは多くの時間を共にした。勉学も弁論も遊びも、たいていは三人揃っていることが当たり前だ。  仲が良い。という意味では決して間違いではない。しかし、ハーデスとイーリスに限っては所謂「喧嘩するほど仲が良い」という言葉の方が相応しいだろう。なにせ、二人はワタシの目の前でぜっさん喧嘩中だからだ。  お、いいパンチだ。だけど、うーん、今のは痛い。見ているこっちまで痛くなってくるよ。  初めは……なんだったかな。そうそう、十四人委員会のエメトセルク様とアゼム様が勝負したらどちらが勝つか、という弁論だったんだ。弁論と言っても、かなり私情の入ったものだけどね。アゼム様の弟子であるイーリスと、エメトセルク様を慕うハーデス。その二人がこんな題材を論じたところで、結果は目に見えている。  魔法に秀でたエメトセルク様も、知と武を持ち合わせるアゼム様も、どちらも素晴らしいお人だ。そこに優劣なんてものはワタシですらつけらないよ。  やがて弁論は単なる口喧嘩になり、ならばと手合わせを始めたのがかれこれ一時間ほど前のこと。二人の間に手加減はない。互いの才を全力でぶつけ合い、あるいは防ぎ、躱し、時には化かし合う。大人顔負けの、それは見事な術のオンパレードさ。  膨大なエーテルを正確に扱うハーデスに対し、イーリスは持ち前の身軽さを生かし、剣と主軸に攻める。しかし、そんな見事な手合わせも長くは続かない。いくら冥界からエーテルを引っ張り上げられるハーデスとはいえ、エーテルの操作にはそれなりの集中力を使う。子供の身体では負荷が大きい。アゼム様に鍛えられたイーリスも同様だ。その体力も決して無限ではない。  そうして、互いに疲弊した体と、鈍った思考が最後に辿り着いたのが、罵り合い、掴み合い、取っ組み合いの喧嘩だ。 「師匠の方がすごいもん!」 「は!? もういっかい言ってみろ!」  うん。見事な罵り合いだね! え、ワタシは何をしているかだって? 立っているのも疲れたから、膝を抱えて二人を見守っているよ。 「これはまた、いつも以上に見事な喧嘩ですね」 「あ、アゼム様」  気がつくと、隣にアゼム様の姿があった。アゼム様は並んで腰を下ろすと、大絶賛殴り合い中の二人を見つめる。 「ちなみに、今日の喧嘩の理由は?」 「アゼム様とエメトセルク様のどっちが強いか、です」 「まあ!」  アゼム様は目をきらきら輝かせると、嬉しそうに微笑んだ。 「私もその議題には大変興味がありますが、そろそろ止めないといけませんね」  そう言ってアゼム様は立ち上がると、今まさに殴りかかろうとした二人の肩にぽんっと手を置いた。  不意に動きを止めた二人の表情が固まる。背を向けているアゼ厶様の表情はここからでは伺いしれないが、おそらく…いやきっと自愛に満ちた笑顔を浮かべていらっしゃるのだろう。 「さあ、二人とも。喧嘩はもう十分ですね?」 「「は、はい……」」  さっきまでの威勢はどこへやら。二人ともすっかり縮こまっている。どうにか振り上げた拳は収められたが、二人は互いに目を合わせることはない。そっぽを向いたまま、しばらく沈黙が続いた。  ワタシはひとつため息を零すと立ち上がり、むくれたイーリスの手を左手で、ハーデスの手を右手で握って「ほら」と言葉をかける。 「ごめん……なさい」  ぽつりと消え入りそうな声のイーリスの謝罪に、ハーデスもばつの悪そうな顔で乱れた髪をかきあげる。 「……悪かった……言い過ぎたし……やりすぎた」  ハーデスの言葉に、イーリスがぼたぼたと涙を流し始めた。それはすぐさま濁流となり、ハーデスの胸元へとすり寄って行った。 「な、なんで泣く……って、ひっつくな!」 「だ、だってぇ……ハーデスおこってるんだもん……」 「怒ってない! もう微塵も起こってないから離れろ!」  いやぁ今回もどうにかなったね! こうして、今回の大喧嘩は幕を下ろしたのだった。めでたし、めでたし。

2023/2/17

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